告白

リベラルなシアトルで「トランプに入れた」などと言うと、理由をちゃんと聞いてくれる人すら少なく、驚かれて友達を失うことすらある。こうしたカミングアウトは勇気が必要どころではなく、正直狂っていないと出来ないが、昨日日本で出版されたの中で、私は自分が「隠れトランプ」であることを告白した。


トランプ大統領は支離滅裂でしかない。彼の支持者かと聞かれたら、絶対に最初からNOだ。しかし大統領選挙当時、私たちアメリカ人が得ることの選択肢は、とても限られていた。トランプか、ヒラリーか。苦渋の選択の結果に、街の混乱はまだ収まることを知らない。正直本を実名で書くかどうかは相当悩んだが、アメリカに実際に住んでいて、しかも様々な州を住み歩いた私としては、自分が例え批判の対象になっても「アメリカの現実」を市民レベルで伝えることは、とても大切なことだと思っている。だから、「嫌われたり、誤解されたりしても別にいいや」と、なんとなく開き直ることにしたのだった。


イスラム教だけどトランプに入れるしかなかった人、同性愛者だけど、愛する娘のためにトランプに入れるしかなかった人。驚いたけれど、そんな人ですら周囲にいる。また、トランプには理由があって投票したけれど、彼の暴言には批判的であり、女性たちが起こした平和のデモに参加した友人グループも存在する。アメリカは実に多面的だ。私の考えにも共感してくれる、世に言う「隠れトランプ」たちの考えを聞くと、この国の問題がクリアに見えてくることも多いが、そういう声は拾われているとは言えない。


私はリベラル(青)でも保守(赤)でもない。そして声を大にしたいのですが、トランプ大統領の支持者では決してない。自分自身も含め、アメリカには出来る限り中立につとめようとする人間は、実は結構いるのだと思う。多様性を重んじる、私自身が素晴らしいと思っている移民の国・アメリカの本来の良さが消えてなくならないためにも、聞こえてこない「多様な」声にも、是非耳を向けて欲しいと願うばかりだ。


人はみな同じ人間だ。そして人はみな違う人間だ。アメリカは多様性が機能せずにバラバラとなり、分断されてしまったと言う人が多いが、違う価値観が一つになることで生まれる新しい価値の素晴らしさを、もう一度アメリカ人たちは思い出すべきなのだろう。


Love>Hate, Unite.

Go Tiny!

大切なものが、すべて「半径5メートル以内」にあると気づくと、人生はもっと素敵になる

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