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千秋楽と終わりの始まり

夏から稽古が始まった長女のショーが今週末、千秋楽を迎える。親、子供、コミュニティーが一丸となって毎年2回ショーをつくるが、私たち親子は今回が初めての参加。その輪の中にどっぷり浸かって、今までとはまったく違う形で舞台をつくっていくことが、親の私も楽しかった。芋づる式に増えてゆくローカルのママ&パパ友達。アメリカは最近愉快ではない国になったと思うことも増えていたが、この国の良さを思い出せる、素晴らしい経験になった。ずっと繋がっていられるような、素晴らしい人たちとの出会いを親子そろって得ることができた。ショーには本格的なオーディションもあるが、配役から漏れても、希望者は全員舞台に立たせている。中にはハンディーキャップがある子供もいるが、そうした子供も置いていくことはない。大人たちが上手に子供を支え、小さな子供はティーンエイジャーたちが積極的にめんどうをみる。楽屋にいくと、小さな子供が大きな子供に宿題を教えてもらっている姿もしょっちゅう目撃した。「誰もが誰もを支えて助け合う」、「チャンスは誰にでも与える」という劇団の姿勢は、とにかくすごかった。9歳の娘が得たものは非常に大きいだろう。最初から終わりが分かっていることに、全力投球することの素晴らしさに高揚し、今は何かが終わる時の「ちょっとほろ苦さ」を味わっているようだ。「ようこそ、ショービズへ!」 これを知ってしまうと、もうやめられないのだよ。終わりは始まり。

はじめての悔し涙

この夏、長女が地元で行われるミュージカルに挑戦したいと言い出し、オーディションを初めて受けた。子供の劇団なので、お習い事の延長くらいに考えていたら、とんでもない!コールバックもたくさんあって、かなり本格的で驚いた。毎日呆れるほどよく練習していた。努力の甲斐あって最終選考まで残ったけれど、得たかったメインキャストの一人にはなれずに、コーラス隊になることが今朝決まった。結果を聞いた後は、文字通り「大泣き」。けれど、時間が経つにつれ落ち着いて、「最後まで挑戦出来てよかったし、好きなことを見つけられてよかった」と彼女は言った。「好きなこと」を子供が自分で見つけ、勝手に努力できるような環境を大人がサポートして作ることは、とても重要だと今回学べた気がする。ヘンな誘導や、入れ知恵なんかせず、「見守ること」に徹すると、たった数週間でも子供は明らかに成長する。見守ることは信頼することだ。先走りして心配しまくることよりも重要なのは、待ってあげること。そして、本当に子供が助けを求めてきた時に、「本気で」手を差し伸べることなのだろう。世の中努力すれば何でも叶うわけではないということを、8歳で知ることが出来たのは、簡単に欲しい役が手に入ってしまうことよりも、彼女の人生に大きな意味を持たせることだろう。泣きじゃくる長女を抱きしめながら、そう思った。自分が決めて挑戦して頑張ったからこそ悔しい思いをする――そうした感情に出会えることもまた、素晴らしいのだ。散々泣いた後にすがすがしい笑顔に戻って、長女は再び歌の練習をはじめた。しばらくその様子をみていたら、それに気づいた長女は駆け寄って、私に抱きついた。「ママ、ありがとう」